ミツバチのダンスに隠された秘密
ミツバチのダンスをご存知でしょうか。ミツバチは花の蜜を探しに行きますが、蜜のある場所を見つけると、巣に戻って奇妙な動きを始めます。体をブルブルと振るわせながら、8の字を描くのです。このとき、体を震わせる時間によって蜜までの距離を、8の字の角度によって蜜のある方向を、他のミツバチに教えています。ミツバチは、私たちが想像するより遥かに複雑な情報を、ダンスによって表現できるのです。ところで、みなさんはこのダンスを「コミュニケーション」だと思いますか?
コミュニケーションの三つのモデル
答えは人それぞれですが、中にはこれをまさしくコミュニケーションの例だと思う人もいるでしょう。そのような人は、コミュニケーションを「情報伝達」という意味で捉えています。モールス信号を使って他の船に「SOS」のメッセージを送るとき、人は「情報伝達」としてのコミュニケーションを行っています。これと同じことをミツバチもやっていると言えるのです。
しかし、反対に、これはコミュニケーションではないと思った人もいるでしょう。そのような人は、コミュニケーションを「意図の理解」として捉えているかもしれません。ミツバチのダンスやモールス信号は、メッセージの意味が一義的ですが、人間の会話はもっと複雑です。例えば、相手が皮肉のつもりで「あなたのファッションセンスは素晴らしい」と言っているのに、自分は褒められていると勘違いしてしまうことがあります。このとき、私たちは発言の文字通りの意味を完璧に理解しているにもかかわらず、相手の「意図」を誤解しています。「あの人とはコミュニケーションが取れない」などと言うときの「コミュニケーション」は、こうした「意図の理解」を指すものです。「情報伝達」なら動物や機械にもできますが、「意図の理解」は人間の特徴とされます。
この他にも、「こんにちは」や「さようなら」といった挨拶に見られるように、何らかの情報を伝達したり、意図を読み取ったりするのではなく、「関係形成・維持」としてのコミュニケーションもあります。
異なる観点から広がる世界
「コミュニケーション」という言葉はとても身近なものですが、考えてみると、そこには複数のモデルがあります。もちろん、一つのモデルが正しく、他は間違っているというわけではありません。どのモデルから出発するかによって、コミュニケーションと呼ばれる現象群の理解を、異なる形で深めていくことができるのです。
参考文献:辻大介・是永論・関谷直也、2014、『コミュニケーション論をつかむ』 有斐閣