台湾先住民の知られざる「文字」織物
みなさんは台湾先住民という人たち(台湾での正式名称は「台湾原住民族」)を知っていますか?
台湾先住民の織物はこれまで多くの研究者の注目を集め、博物館にも幾何学模様の精緻な装飾を施した布が数多く収蔵されています。ただし今回はそれとは違い、専門書や図録にほとんど出てこない先住民の布——漢字、数字、ローマ字など「文字」を織り込んだ布——を取り上げます。
文化人類学が解き明かす、文字織物の新たな意味
台湾先住民はもともと文字をもたない人々です。彼らが書かれた文字を使うようになったのは日本人など外来者の統治によるものであり、文字を織り込んだ布は、先住民が外来文化と接触した結果生まれたものです。このため「純粋な先住民文化」を重視する専門家や博物館は、この布にさしたる価値を見出してきませんでした。しかし、文化人類学の調査はここから始まります。現地の人のものの見方を問う人類学は、人々がなぜこのような布を織り、それをどのように見ているのかを問題にするからです。
織り手の振る舞いから知る、意外な発見
台湾でのフィールドワーク(長期の現地調査)からわかってきたのは、台湾先住民の織り手たちが、文字を必ずしも文字として——意味を伝える記号として——のみ見ていたわけではないということです。例えばある高齢の織り手は、「文字をまるで模様のように見ていた」といいます。彼女は文字を〈異質な外来文化〉としてではなく〈美的な模様〉として、自文化のレンズを通して捉え直していたといえるでしょう。
他者の視点から学ぶ—人類学が教えてくれること—
専門家によって「純粋な文化」から除外されてきた文字入りの布は、先住民の織り手たちにとっては伝統に確かに連なるものです。この事例が教えてくれるのは、私たちが自文化の価値観を他者に押し付けず、常に別の理解の可能性を開いておくことの重要性です。
人類学的フィールドワークの先駆者であるB・マリノフスキーは、他人のものの見方を尊敬と真の理解を示しながら自分のものにすることで、私たち自身のものの見方は広くなると述べます。自他についてのこの基本的態度は、人類学が提供しうる大切な学びの1つです。