美術について大学で何を習うのか
芸術作品は見て聞いて楽しむ、それだけで十分なのに、大学まで来て何を習うのでしょうか。ここでは私の専門の美術史の話をしたいと思います。史がついているから美術品の歴史かというと、これは少し異なります。ちょっと古すぎますが『源氏物語』、これを読むと平安時代当時の人々が何を考え何を感じていたか、生の人間の心の趣きを知るには同じ時代の史書を読むよりよくわかります。しかしどんな顔で、どのようなしぐさをして、どんな生活をしていたのかなどは、文字だけではなかなかわかりません。ところがこれが絵画化された『源氏物語絵巻』というビジュアルな絵巻作品を見ると、それが一目の内に瞭然となって、1,000年前の人々の感性までもがわかります。
人々の心の歴史とも言える美術作品
例としてもう一つ、お寺に行くと必ずある仏像。若い人も含めてファンはたくさんいます。もっともその顔の形は丸かったり四角だったり、体つきも痩せていたり太っていたり、様々です。それは造られた時々の時代観によるところが大きいのですが、言葉を換えていえば、それは各時代の人々がほとけとはこのような姿であってほしい、という切実な願いの表れでもあるのです。いうなれば仏教彫刻の変遷とは、理想のほとけの姿を求め続けた人々の心性の歴史とも言えるのです。
美術作品を知ることで人間を知る
このように美術作品がたまたま残っていたことによって、それぞれの時代や文化風土における、人間そのものの感性や趣向までもが把握できるようになるわけです。そこで美術史学の出番になります。美術史研究の基礎的作業として、ある作品がどの時代、どの場所で、どんな作者や流派によって作られたのかといった、作品そのものへの研究は大事です。これとあわせて、だれが作らせどんな人々たちの間で享受されたのか、それを作ることで何をしようとしたのか、その意図や趣向がその作品のどこに表れているのか、といった研究もさかんにおこなわれています。このような作業は、その時代の人々の趣向や感性も探ることにつながり、結局は人間を知る、という人文科学の大きな目的につながっているのです。