授業編

「陰謀」に引き裂かれるアメリカ

社会イノベーション学部 心理社会学科

平井 康大 教授

Photo by Tyler Merbler

アメリカの民主主義体制の危うさ

2021年1月6日、1,000人に近い暴徒の一団がアメリカ合衆国議会を襲撃しました。襲撃者たちは事件のおよそ2ヶ月前、2020年11月3日に行われた第1次投票の結果に不満を持ち、選挙人や票の数を読み上げるペンス副大統領(当時)に圧力をかけることでトランプ前大統領が勝利したことにしようとしたのです。民主主義諸国のリーダーを標榜してきたアメリカですが、その政治体制の根幹である言論の府が暴力で蹂躙されたこの事件は、民主主義体制の危うさを感じさせました。

多様な情報が分断の原因に

襲撃者の多くは、あることを信じていました。「この世界はディープ・ステイトという巨大資本と共産主義が合体したものによって支配されつつある」「トランプ氏はディープ・ステイトから世界を救おうとしている」…。そうした陰謀論を醸成する書き込みがSNSで大量に流布されたのです。中には「民主党要人は少年少女を拉致してきて血をすすっている」とか「水道に毒を流している」といった類いの荒唐無稽なものもありました。 実はこれ、中世以来ユダヤ人迫害に使われた「噂」とそっくりなのです。ユダヤ人がそうした悪事を働いているという噂が流れるたびにユダヤ人コミュニティが焼き討ちに遭い、多数の犠牲者が出ました。

そうした歴史を知っている人たちには「古くさいデマだ」で済んだのですが、「通常のマスメディアはディープ・ステイトによって操作されている」と考えた人びとは、SNS上の陰謀論をすっかり信じ込みました。「そんなことはありえない」と批判する人はディープ・ステイトの手先だと思うことにしたのです。配偶者がそうした陰謀論の信者になった結果、離婚に至った夫婦もあったそうです。 今から30年ほど前からインターネットの利用者が急増し、世界中の人びとはもっとわかり合える、という夢が語られたこともありました。しかし実際には人びとを分断する情報も同じように(あるいはそれ以上に?)流され、一つの国民、一つの家族の中にも分断を生むようになりました。

陰謀論を介して鳴らされる警鐘

しかし、すべてを荒唐無稽のひと言で片付けていいのでしょうか?ある統計によると、世界の富豪ランキングの上位1%が保有する資産は、残り99%のそれをしのぐそうです。巨大資本がわれわれの生活を影で操っているという話に現実味がまったくないでしょうか。今から10年前、「われわれは99%だ」と称する人びとが富の象徴としてのウォール街(ニューヨーク証券取引所があります)を占拠するという運動が起きました。この占拠運動とディープ・ステイトの噂、富の集中に警鐘を鳴らしたという点では似ているようにも思えます。

信頼しあえる社会が分断を防ぐ

どのような人間が陰謀論を信じてしまうのか議論は続いていますが、社会の中に信頼が欠けているとこのような現象は何度も起きると思います。「自分が思うような生活を送れていないのは、誰かがどこかでうまい汁を吸っているからだ」と思う人が多いうちは、社会のどこかに(かつてのユダヤ人のような)犠牲者を見つけ出していたぶるということが続くでしょう。誰もが「自分も社会の構成員なのだ」「自分も他の人も社会から利益を享受し、苦労を分担している」と思える社会、単純な言葉ですが人びとが互いを信頼できる社会を目指さないと、世界は分断に蹂躙されることになるでしょう。

高校生へのメッセージ

イノベーションとはみんながより幸せに生きるための手段だと思ってください。それを学ぶためには今あなたが住んでいる社会がどんな社会か知る必要があります。普段から新聞を読んでください。一番後ろの社会面からでいいです。読みやすいところから少しずつ読んでください。

新着 一覧