作品の背景や意味を深く理解するための学びが美術史
美術史と聞いて、多くの人は、いつ、だれが、何を作ったか、そしてそれがルネサンスとか印象派とか呼ばれている、そう言う知識のことだと思っていると思います。しかし、歴史は単なる年表や分類ではありません。この画家は、どうしてこのように描いたのか、このイメージはどういう意味を持っているのか、一体だれのために作られたのか。美術史は、こういう様々な「なぜ」に歴史的に答えようとする学問です。
ルノワールが描いた2点の作品を比較してみる
ここでは皆さんもよく知っているルノワールの作品を2点比較してみましょう。一つは1876年の《ムーラン・ド・ラ・ガレットの舞踏会》(図1)、もうひとつは1881年の《船遊びをする人々の昼食》(図2)です。どちらも約130×175cmのカンヴァスに油彩で描かれ、大勢で飲食をしたり遊んだりしている場面を描いています。
画法を変えて成功したルノワールの軌跡
しかし、この2点には描き方の上で大きな違いがあります。アップにするとよく分かりますが、1876年の作品では筆遣いが目立つのに対して、1881年の作品では筆遣いが抑えられているのです。一般に印象派は、明るい光の効果を捉えるために、色を混ぜずに画面に並べて置く筆触分割という技法を好みました。しかしルノワールは、5年の間に筆触分割をほとんどやめてしまったのです。これには理由があります。ルノワールはなかなか売れませんでしたが、1870年代の終わり頃に出版社を経営するシャルパンティエ家と知りあい、彼らを描いて肖像画家として成功します。ルノワールが筆触分割を用いなくなるのはこの時期で、それは筆触分割が人の顔や衣装の質感などを描き出すのには向いていなかったからだと考えられるのです。
歴史の中で変化する芸術作品の価値を理解する
芸術作品は作者の意図だけで作られるものではありません。それは、時代、地域、社会、技術などとの関係の中で変化し、作られるものです。これが作品の研究に歴史的な視点が必要な所以です。だから「美術史」なのです。