160種以上もの植物が詠まれた『萬葉集』
『萬葉集』は、奈良時代末期に成立した、現存最古の和歌集です。『萬葉集』という書名の意味には、二つの説があります。一つは、「よろづのことのは(万の言の葉)」という説。もう一つは、漢文で「葉」は「世」の意味でも使われるため、「よろづよ(万世=万葉)」という説。どちらの意味においても、「萬葉」にはたくさんの葉っぱのイメージが重なります。その書名の通り、『萬葉集』には、160種以上の植物が詠まれています。
人を恋う歌も悲しみの歌も花に託して
恋の歌にも、悲しみの歌にも、儀礼の歌にも、四季折々の花々が詠まれました。萬葉歌人は、身近な季節の移ろいの中に、心を託す言葉を見つけ、美意識や情緒を育んでいきました。『萬葉集』でもっとも多く読まれた植物は、萩の花。次が梅、松、橘です。染料となるムラサキ(紫)やクレナヰ(紅)、食材となるアワ(粟)やヒシ(菱)など、生活に根差した植物も歌に詠まれました。
散りゆく美しさを詠まれた萩の花
『萬葉集』にもっとも多く詠まれた萩は、秋の野に咲く花です。萩の花は、花盛りだけではなく、散りゆく美しさも詠まれました。次の歌は、萩の花が散るさまと、妻を求めて鳴く鹿の声を取り合わせて詠んだ秋の歌です。「秋萩の 散りのまがひに 呼び立てて 鳴くなる鹿の 声の遥(はる)けさ(秋萩が散り乱れる中、妻を呼び立てて鳴いている鹿の声がはるか遠くに聞こえる。)」(湯原王、『萬葉集』巻第8、1550)
千年の時を経て受け継がれる心
「秋の野に 咲きたる花 を指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」「萩の花 尾花(をばな)葛花(くずはな)なでしこが花 をみなへし また藤袴(ふぢはかま)朝顔が花」(山上憶良、巻第8、1538・1539)。山上憶良の秋の七草の歌です。憶良は理知的で重厚な作品が有名ですが、このような優しげな歌も詠みました。『萬葉集』の四季の歌は、平安時代の『古今和歌集』へと受け継がれました。『萬葉集』の草花や季節を愛する心は、現代にも受け継がれているのではないでしょうか。