日本文化と中国故事
古来、日本人は、中国から多くの文物を受容し、文字(漢字)や発想(考え方)などを学び、それらを基盤の一つとして日本文化を築いてきました。中でも中国から伝えられた故事は、あるいは行動規範として、あるいは文筆の表現として、長く広く日本社会で用いられてきました。
平安後期成立の翻案物語集-『唐物語』-
平安後期成立の『唐物語』は、中国故事を日本語に翻案した物語を収めた短編集です。全部で27の中国故事を取り上げて翻案しています。興味深いのは、故事が翻案され、当時の日本語で記述される過程で、もとの故事からの変容が見えることです。
漢の武帝と西王母の物語
『唐物語』第16話は、前漢の皇帝である武帝のもとに、西王母と呼ばれる仙女がやってくる話です。武帝は、日頃から現世での生活が長く続くことを願い、不死の薬を求めていました。そんな折、崑崙山という仙界にいて、すべての女仙を支配することで名高い西王母が、彼のもとへやって来ることが知らされます。武帝はその日のために念入りな準備をし、今か今かと西王母の来訪を待ちます。果たして8月15日、中秋の名月の美しい夜に西王母は武帝のもとを訪れ、天上世界で実った桃を武帝に贈るのでした。
『竹取物語』との関連
武帝のもとに西王母がやって来て桃を贈る、というこの逸話は、中国のいくつかの文献に見え、それぞれ何らかのバリエーションを持っています。ただし、それらは共通して、西王母の来訪を「7月7日」の出来事として描いています。ところが、『唐物語』第16話では、これを「8月15日」としているのです。実は、この「8月15日」の背景には、『竹取物語』があると考えられます。『竹取物語』で、かぐや姫のところへ月からの使者がやって来るのは8月15日のことでした。『唐物語』第16話の西王母の来訪の場面は、『竹取物語』における天人たちの来迎の場面と、イメージを重ね合わせながら作られていることがわかります。
※画像上から
・『有象列仙全伝』(明・王世貞輯、慶安3年刊)より
・『和漢三才図会』(寺島良安編)より
・国立国会図書館蔵『竹取物語』より